ふたつの即興詩人-アンデルセンと森 鴎外


“即興詩人”は,アンデルセンのあこがれの国イタリアを舞台にしてくりひろげられる恋の物語。ローマに生まれた薄幸の主人公アントニオの生い立ちに始まり,オペラ女優アヌンチャタとの悲恋,数奇な運命の果てに,かれは即興詩人として名声を得,ヴェネツィア第一の美女マリアと結ばれてめでたく終わる。その間に,親友の豪放な貴族ベルナアルド,美貌の小尼公フラミニア姫,情熱の人妻サンタ等の美男美女,あるいはまた聖母のごとき慈愛の老婆ドメニカ,ふしぎな魔女のようなフルヴィア等を配しつつ,舞台はローマ,ナポリ,ヴェネツィアにわたる。若い芸術家の青春,かれの悲哀と世に出るまでの物語が,ローマ,ナポリ,ヴェネツィアを舞台に展開する間に,イタリア本土の名勝,旧跡,観光地のほとんど,それを取り巻く自然のたたずまいがさまざまに点綴されて描かれる。また,そこにからむギリシャ,ローマの神話,伝説からイタリアの歴史,宗教,文学,芸術,年中行事,風俗,風物にこまごまと筆が向けられるのである。イタリアのすべてにアンデルセンは心を奪われて筆を惜しまないし,至るところであるいは感激し,あるいは詠嘆して賛美の声を放つのである。(解説)

生涯を旅に暮らしたアンデルセンは,ことにイタリアにあこがれ,前後4回彼の地を訪れていますが,そのうち1833年,最初のイタリア旅行の印象や体験から生まれたのがこの”即興詩人”です。1835年にデンマークで刊行され,同じ年に刊行された”童話集”に先立ち,アンデルセンの出世作となりました。文壇の派閥争いに巻き込まれたこともあり,批評家たちからは冷たい扱いを受けましたが,一般の評判はよく,次々と版を重ね,各国語に訳され,次第に世界中の人々の愛読書となっていきました。しかしながら”即興詩人”は,”童話集”の名声に隠れ,いまでは故国デンマークでもほとんど顧みられない作品となっています。それは,この物語がロマンティックではあるものの,単純で,話がうまく出来過ぎており,登場人物の性格が一面的である,など所詮通俗小説の枠を出ないものであったからと考えられています。

そんな中,唯一日本でのみ,”即興詩人”はアンデルセンの代表作の一つとして,広く名が知られ,読みつがれてきました。本書を愛し,明治25年から足かけ10年にわたり苦心の翻訳を続けた森 鴎外がいたからです。

鴎外は本書をドイツ語訳で読み,「我座右を離れざる書の一に属す」と語り,明治25年11月”しがらみ草紙”に連載を開始。あいだに日清戦争をはさみ,34年に完成。35年9月に森林太郎訳として出版されました。鴎外の文章は,自身が「しちくどいまでに凝った文章」と語る通り,優雅華麗な擬古文で書かれているので,今の若い人(私のこと)にとって,ルビなしで読みこなすのはなかなか骨ですが,幸い岩波文庫版はほとんど全文ルビがふられているので,安心して朗読することもできます。鴎外訳を通して”即興詩人”に魅せられた人も多く,安野光雅氏は,「新興宗教の勧誘者のように」この本の信者を増やす傍ら,舞台となったイタリア各地を踏査したといいます。

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(鴎外訳はワイド版岩波文庫で入手可能)
ところで,岩波文庫には,大畑による原典訳と鴎外訳のふたつの”即興詩人”が収められています。大畑訳は赤帯(外国文学)でアンデルセンの著者番号を与えられていますが,鴎外訳の”即興詩人”は特別扱いで,鴎外の小説などとならんで緑帯(日本文学)扱いになっています。これは鴎外の訳が単なる”翻訳”をこえて,翻案,もしくは鴎外の半ば創作といえるほど,自由自在になされているからです。

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(大畑訳は品切れ中です)
一例として,最終章,”青の洞窟”の一部を大畑原典訳と鴎外訳で比較してみます。
洞窟の小さい入り口は明るい星のように光っていました。それが一瞬暗くなったかと思うと,二三のボートが海の底からのように浮かんできました。やがて,ボートはわたくしたちの方へやってきました。だれもが祈りの気持ちで,物思いにふけっていました。ここではプロテスタントもカトリック教徒も,奇跡の存在を感じました。

「潮がさしてくるぞ!」と,こぎ手のひとりが言いました。「出なけりゃなりません。さもないと,入口がふさがって,潮が引くまで閉じこめられてしまいますから。」
わたくしたちは,ふしぎなひかりにかがやく洞窟を出ました。ひろびろとした大うなばらがわたくしたちの前にひらけました。青の洞窟の暗い入口をうしろにひかえて。(大畑訳)

巌穴(いはあな)の一点の光明(くわうみやう)は忽(たちま)ち失(う)せて,第二の舟は窟内(くつない)に入り来りぬ。そのさま水底より浮び出(い)づるが如くなりき。第三,第四の舟は相継(あひつ)いで至りぬ。凡(おほよ)そここに集(つど)へる人々は,その奉ずる所の教の新旧を問はず,一人として此(この)自然の奇観に逢ひて,天にいます神父(しんぷ)の功徳(くどく)を讃(たた)へざるものなし。

舟人俄(にはか)に潮満ち来(く)と叫びて,忙(せ)はしく櫓を揺(うご)かし始めつ。そは満潮の巌穴(いはあな)を塞(ふさ)ぐを恐れてなりき。遊人(いうじん)の舟は相(あひ)ふくみて洞窟(どうくつ)より出(い)で,我等は前に渺茫(べうぼう)たる大海を望み,後(しりへ)に浪汗洞(らうかんどう)の石門の漸(やうや)く細(ほそ)りゆくを見たり。
(鴎外訳 代字あり)

鴎外訳の巧みさに舌を巻きますが,私自身,先に鴎外訳に親しんでいたせいか,原典訳(巻末の書き込みによると私は30年以上前に読んだようです)はまったく別の作品のような感じを受け,申し訳ないことながら,ずっと鴎外訳を読むための”資料”のような気持ちでいました。しかし今回,久しぶりに書架から出した原典訳は,アンデルセンの童話と変わらぬ,やさしく穏やかな大畑氏の語り口が心地よく,楽しく読み進むことができました。

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また,鴎外の「即興詩人」がどのようなものであるのか知りたい,という方には,ちくま文庫版をおすすめします。表記は原文のまま,かつ詳細な注記がついていて,なかなか便利な本です。ただし,あの1ページごとの注記(とくに言葉の説明)というのは,鴎外の流麗な文章を味わうときに,かなり邪魔であるな,と思いますが….。以前の旺文社文庫などでもよく見かけましたが,字面で容易に想像がつくような言葉まで「・・・のさま」などといちいち説明されると,なにか教科書を読んでいるようで,ちょっと気分が乗りませんね。

追記—-同じ本が2種類の訳で出ているわけですから,混乱もあって,鴎外訳に掛けられた緑帯に大畑訳の赤帯用の紹介文が印刷されてしまったこともありました。文章に異同があることからみて,単純な印刷ミスではなさそうですが….。(最初の写真2点は大畑訳と鴎外訳の表紙と帯。鴎外の帯の紹介文が誤っている)
(1997年10月29日記事を改訂しました)